Memories of LOVE *SAMPLE
遠い記憶 1 4年後の月が竜崎の記憶について語り始める。プロローグ。4P
記憶というのは曖昧なもので、今僕が4年前の彼の姿を思い出そうとしても脳裏に浮かんでくるのは、あの印象的な暗い井戸の底のような黒い目や、生まれてから一度たりとも眠ることを知らなかったような目の下の深い隈、考えごとをするとき唇に充てていた指が細く長くて綺麗だったこと、ところどころ不揃いに切りそろえられた足の爪といった、ひどく部分的で抽象的な記憶ばかりだ。
神の国 月と竜崎、キャンパス時代の思い出。死後の世界について。死について。6P
時は満ちた。
神の国は近づいた。
「悔い改めよ、裁きの日は近づいた…」
「福音書ですか」
竜崎は振り返って大きな黒い目で月を見つめた。
遠い記憶 2 手錠生活の始まりと終わり。慣れるということ。左手の手錠と右手の時計について。20P
「今、何時ですか?」
そう竜崎に尋ねられて腕時計を見ようとしたら、左手首でしゃらり、と音を立てて揺れたのは時計ではなく手錠の鎖だった。僕は忌々しげに左手にだらりとぶらさがった手錠を睨んだが、そもそも睨んだだけで外れるような手錠ならばこんな苦労はしていない。
せいぜい竜崎に気付かれないよう軽く溜息をつくと、僕は右手につけた腕時計で改めて時刻を確認した。