僕たちはまるで鏡を覗き込んだ時のように、互いに相手の中に自分の影を見、その影を憎むと同時に愛していた。この世でたった一人、お互いをお互いに匹敵する存在として。
 だから、たとえ彼と僕が出会ったのが追う者と追われる者という形でなかったとしても、いずれ僕たちはお互いにお互いを滅ぼそうとすることになっただろう。
 僕たちはあまりにも似過ぎていた。同じ時間、同じ空間に存在するには、あまりにも。



Doppelganger




「ドッペルゲンガーというやつを見たことがありますか?」
 ある夜、竜崎が月に尋ねた。
 二人を繋いでいた鎖がなくなってから数日経ったある夜のことだった。
「ドッペルゲンガー?…ああ、もう一人の自分という奴か」
 月が答えると、そうです、と竜崎は頷いた。
「…ある日、道を歩いていると、見覚えのある後姿を目にする…よく知っている後姿なのに、それが誰なのか思い出せない…どうしてもその姿が気になって追いかける…そして追いついたとき、振り向いたその顔は」
「もう一人の自分」
 月は竜崎の言葉の先を掬い取って言った。
「そして、ドッペルゲンガーを見たとき、間もなく自分は死ぬ…」
「その通りです、月くん」
 竜崎はモニターを見つめたまま、珍しく何も口にせず膝を抱えこんでいた。テーブルの上に置かれたカップにはまだコーヒーが半分以上残っている。
 月はソファに腰かけて、竜崎の横顔を見詰めていた。なにかにとり憑かれたように見開かれた、深い海の底に棲む、魚のような丸い目。
 何を考えている?
 変化に乏しいその表情から、感情の動きを読み取ることは難しい。
 だからつい、気を惹きたくなった。

「…ドッペルゲンガーではないけれど」
 月は語り始めた。
「まだ小さかったころ、妹と家でかくれんぼをしていたときのことだったかな…」
 まとわりついてくる妹の粧裕を半ば邪魔者扱いして隠れた暗い部屋の中で、ふと気がつくと、自分にそっくりの奴がいる。驚いて隠れようとすると、そいつも驚いた顔をして隠れようとする。逃げようとすると、そいつも一緒に逃げようとする。それが自分と全く同じタイミングだ。変だなと思って振り向いてよく見ると、それは母の部屋の鏡台に映った自分自身の姿だった。

「自分でも馬鹿みたいだと思ったよ。鏡に映った自分の姿を怖がって逃げてたなんてね。でも、その鏡の中の自分の顔をじっと見つめているうちに、それがだんだん自分の顔じゃないみたいに思えてきたんだ。そうだな、鏡の中の僕が、僕を見てにやりと笑いかけてきそうな…そんな感じだ」
「面白い話ですね」
 まるで面白くもなさそうな口調だが、その実、竜崎は心底面白いと思っているらしい。いや、実は面白いと思っていると思わせるための演技なのかもしれない。本心はどちらなのか、案外そのどちらも竜崎の本心なのだろうか。以前の月ならば苛立った竜崎のこんな口調も、今となってはもはやどうでもいいことだった。
 竜崎。L。もうすぐおまえは、死ぬのだから。
 こみあげてくる笑いを押し隠して、月は尋ねた。
「竜崎は?その、ドッペルゲンガーを見たことがあるのか?」
「いえ、ドッペルゲンガーはあまりにも非科学的なので、私はその存在を信じることはできません。ただ…」
 考えるときに親指に唇を押し当てるいつもの仕草で、竜崎はしばし沈黙した。それから、最近、夢を、と言った。
「最近、夢を見るんです。きいてくれますか、夜神くん」
「もちろん聞くよ」
「ありがとうございます」
 竜崎は礼を言って、冷たくなったコーヒーを一口啜った。
「…実はここ数日、いやもっと前からかもしれません。明け方に夢を見るんです。夢の中で私はキラを追いつめ、キラと対峙している。こいつがキラだ、と私は確信するんです。しかし、その手首を掴んで手錠をかけようとしたその瞬間、私が対峙しているのは、いつの間にかキラではなく…」
 私自身になっているんです。
 秘密を明かすように、少し小さな声で竜崎は言った。まるで、「私がキラなんです」と告白するかのように、囁くような小さな声で。
「どうでしょう、月くん。私はドッペルゲンガーを見たのでしょうか」
 月は視線を手許に落とした。
 まだ赤く生々しく手首に残っている、手錠の痕。
「竜崎」
 月は尋ねた。
「その夢の中でお前が追いつめたというキラは…」
「はい」
「僕の顔をしていたのか?」
 はい、と竜崎はさらりと水でも流すように答えると、立ち上がってジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
 じゃらり、と鎖の鳴る音がした。












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