真昼の月



 急速に暗くなっていく世界の中で、確かに届いたと思ったその指は虚しく宙を掴んだ。
 夜神月、やはりおまえがキラだった。

 やはり私は間違っていなかった。私は正しかった。夜神月はキラ。そんなことは最初からわかっていた。最初の殺人、可哀相なリンド=L=テイラー、12人のFBI捜査官達、消えた婚約者、4枚目の写真、第二のキラ、監視、青山、監禁、ノート、手錠、偽キラ、そして死神。すべてがたった一つの真実を指し示していた。
 夜神月、おまえがキラだと。
 私はそれを知っていた。あらゆる可能性を何度検証しても、道はいつもおまえに辿り着いた。それはもはや結論ですらなかった。私はそれを確かに知っていた。知っていて、一度はおまえのそのか細い手首に手錠をかけたことすらあった。しかし私はその鍵を自ら外してしまった。私は全て知っていたのに。おまえがキラであることも。いつかおまえが私を殺すことも。

 夜神月、知っていたか?
 何故こんな危険を冒しているのかと、おまえを鎖で繋ぎながら日夜私が自問自答していたことを。証拠は必ずある、しかしそれを見つけだしたところで有罪を立証することは恐らく不可能。それならばもうこんなまだるっこしい事はやめてしまえばいい。所詮これは茶番、監禁も解放もこの手錠すらも、恐らくあるいは間違いなくキラが仕組んだこと。記憶があろうとなかろうと夜神月がキラ、これは動かない。ならばいっそこのままその細頸を括ってしまえ。それで全て解決する。私はL、それくらいのことは許されているのだから。

 何度その誘惑に駆られたことか。私の隣で、何の疑いももたない子どものように幸福そうに眠るおまえの息の根を止める方法を幾つ数えたことか。おまえはあまりに無防備で、純粋で、世間知らずだった。Lが確たる証拠もなく犯罪の自覚もない者を裁くわけがないと?笑わせる。それがそもそも青臭い勘違いだとどうやって教えてやろうか、安らかなお前の寝顔を眺めながら幾夜そう考えたことか。

 夜神月、おまえは知っていたか?
 その綺麗に取り澄ました顔を恐怖と絶望に歪め、死の苦しみにのたうち廻るおまえを想像しながら、私はおまえのその細い頸に手をかけたことすらあったのだ。優しさを装いながら、おまえの白いのどぶえの最も柔らかな部分に牙を立て、ゆっくりと息の根を止める。ゆっくりと、だが確実におまえの身体から命の灯が消えていく。
 その時おまえはどんな目で私を見るのだろう?
 手錠で繋がれる前ならば、とっくの昔に私はそうしていただろう。躊躇いも後悔もなくおまえを裁いただろう。だが結局、私には出来なかった。おまえを裁くことも、おまえを捕えることも。その理由を言ったら、おまえは笑うだろうか?

 愚かで純粋な、夜神月。おまえは知らなかっただろう。
 キラキラと輝くその瞳を、私はどんなに疎ましく思ったことか。そしてどれほど眩しく思ったことか。純粋さなど青空に浮かぶ白い月のように儚く消えていくもの。しかし、だからこそ私はその瞳を愛おしく思った。理想に輝く瞳。透き通った眼差し。理不尽だと怒りに震える睫毛すら愛おしかった。おまえはたった一人で世界と対峙しようとしていた。おまえには何の力もなかったというのに。おまえは真っ直ぐに私を見つめていた。私はその瞳を見た。思わず目を逸らしたくなるような真摯な眼差し。恥ずかしいほどに誇り高く幼い正義。それこそ私がとうの昔に捨ててきたもの。私が私を捨ててまで守ろうとしたもの。

 残念だ。本当に残念だ。こんな形でおまえを遺して行かなくてはならない。後悔している。おまえを捕らえきれなかったこと。あの日繋いだ手を離してしまったこと。私たちはいつもあんなに近くに居たのに、本当に大事なことは何ひとつ伝えられなかった。
 でももう届かない。もう言葉にならない。
 どうしても伝えたくて伝えられなかった言葉。
















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