パラノイア
私にやる気がないって?
そりゃそうです。やる気なんか出なくて当然です。
美少年を手錠で繋いだ上に美少女も交えてThreesome?勘違いしないでください。どちらかと言えばこの状況はホーム・ラブ・コメディです。SATCじゃありません。
そう言ってふてくされた様子でLはコーヒーに角砂糖を次々と投げ込んだ。溶解しきれなくなった角砂糖がコーヒーカップに島を作る。何も苦いコーヒーを甘くするために角砂糖を入れなくてもいいのにと思うが、これは苛立った時のLの癖だ。
正直、素直で明るいよい子の夜神月になど、私は興味がないのです。だってあれはキラではない。絶対にありえない。私の直観がそう言っている。そうでしょう?
今の夜神月など、ほんとうにどこにでもいる、普通の大学生、いや子供です。確かに頭はいい。しかしそれは成績が良くて少しばかり推理力に優れているというだけで、実際は、ただの馬鹿です。
…馬鹿は言い過ぎたかもしれません。けれど彼は、よい子の夜神月君は、悪は滅ぶべきものだと思っている。父夜神総一郎のごとき、善なるものの正義を信じている。世界には悪と正義が存在し、悪は、正義の名のもとに裁かれるべきだと…。それが「正しい」あり方なのだと、彼は無邪気に信じている。
冗談じゃありませんよ。
世界に邪悪は存在します。狂気も、憎しみも。キラのいうところの「死んだ方がいい人間」つまり犯罪者だけが悪ではない。悪を見て見ぬふりをするのも悪です。怠惰も悪です。ときには愚かであることさえも。それらの悪がなくなる日はありません。善なるものが悪を滅ぼし、世界に完全な平和が訪れる日などありえない。彼はそこから目を背けている。それではただの子どもです。世界の何たるかも知らない。そんな子どもがキラであるはずがない。
キラはこの世の不条理に決して目を背けていない。正義は勝つなどと思っていない。だからこそ、彼は自らの信念でもって犯罪者を裁いた。それはもちろん誤った方法です。私はキラを肯定しません。しかしその揺るぎない信念、自らの野望を果たすためには悪にさえなってみせるというその純粋な凶悪さ。悪を行っていると自覚しつつ己の狂気から逃げようとせず、警察もFBIも、神すらも恐れず、自らの正義を貫こうという傲慢さ。この私をさえ欺こうとし、捕まえられるものなら捕まえてみろと見下す目。初めて会ったときの、完璧な優等生の化けの皮を被った、美しい…死神。
あれこそが私の恋い焦がれる夜神月です。
夜神月を追いつめたい。追いつめて、すべて曝させ、私の足下に屈服させる。死刑台に送ることなどどうでもいい。ただ私の足下に跪かせて、告白させてみたい。その唇から。
『そうだ、僕がキラだ。』
と。
その声を、その目を想像するだけで、身体が慄える。
くだらない欲望ですね、といいつつLはコーヒーカップの底に溜まった砂糖の澱をスプーンでかき混ぜて舐めた。
相当歪んでいる?はい、その通りです。自分でもそう思います。私、少しおかしくなっているようです。命を賭けているからかもしれません。そもそも、人前に姿を曝して命を賭けようと思ったこと自体、おかしくなっている証拠かもしれません。きっと私は捕らわれてしまったのでしょう。あの危険で愚かな、美しい死神に。
大丈夫ですよ、そんな顔をしなくても。私の劣情には関わりなく、夜神月は間違いなくキラです。逆説的に言えば、私が彼に劣情を抱いていることがそもそも、夜神月がキラであることの証です。そして夜神月がキラだからと言って、私が彼を追う手を弛めることはありません。
夜神月を捕まえたとき、私もこの恋を終わらせます。
おやすみなさい。
TEXT
話相手はアイバー?ちなみにこのとき月は風呂に入ってます。