L.A.コンフィデンシャル



 あの事件以来、僕は拳銃を捨てた。

 …なんて言えたら、きっとカッコイイんだろうと思う。でも、実際の僕は今でもあの拳銃を持っている。特に、危険なヤマだと思ったときは必ず持っていく。だって、刑事が銃を持ってなかったらやっぱり格好つかないし、万が一犯人に襲われて撃たれたりしたら困るから。
 どうもすみません。
 すみませんと思うけど、でももし今後僕を脅かすものが現れたら、ああ嫌だなと思いつつ僕はまた必ず銃を抜くだろう。


 事件の後、僕は少し出世した。後輩も出来た。
 ときどき、元キラ捜査本部のメンバーと、三代目Lからの指令がらみで動くこともある。
 三代目からの仕事が来ると、相沢さんは少し嫌そうな顔をする。キラ事件を思い出すからだろう。伊出さんは仕事のときは淡々としてるし、模木さんは相変わらず何も言わないが、あの事件が誰にとってもいい思い出でないことは確かだ。

 今でも僕はニアを疑っている。
 僕がそう言うと、相沢さんは嫌なら辞めろ、といつも言う。だけど、Lとキラの秘密を知っている人間を野放しにするわけにはいかないから、僕は結局メンバーから外されない。警察もクビにはならない。絶対に、だ。そういうことが少しはわかるような年齢に、僕もなってきたのだ。

 いま僕は、後輩の山本君が僕の代わりに捜査本部のいじられキャラとして定着できるよう、心血を注いで指導している。とりあえず現時点での指導テーマは「上司との正しい酒の飲み方」だ。
 なんだかんだいいつつ、きっと定年まで僕はこの刑事という仕事を続けることになるだろう。公務員という安定した職と、刑事という肩書きを捨ててまで、第二の人生に踏み出せるほど僕は強くはない。
 僕は弱い。
 居酒屋でビール二杯で酔っぱらい、その日食べたものと忘れたい思い出を便器の中に吐きだして、ネクタイと一緒に懺悔をカウンターに置き忘れてくるほどに、僕は弱い。
 

 この前、久しぶりにYB倉庫の夢を見た。でも、以前と比べるとずいぶんその画像は不鮮明になってきた。夢を見る回数自体も減ってきた。そうやってしだいに記憶が薄れていくのを待っていれば、そのうちぜんぶ忘れてしまうことも出来るかもしれない。昔から、覚えていることよりも忘れることの方が得意だったんだから。こういうとき、馬鹿は得だな、と自分でも思う。


 僕は、彼のことが好きだった。
 

 彼の笑顔が好きだった。彼の優しさが好きだった。何か遠い未来のようなものを見つめている彼の瞳が好きだった。その視線の先に彼が見ているであろう世界に、憧れていた。
 彼のようになれたら。彼に認めてもらえたら。彼のような優れた人間が守ってくれる心優しい正しい世界に住むことができたら、どんなにか僕は救われるだろう。僕はずっと、そんな風に思っていた。
 彼のことが好きだった。たとえあの日々の全てが偽りだったとしても、僕を好きだと言ってくれた彼の言葉が嘘ではないと、心のどこかで信じていたかった。

 彼がキラだとわかった今でも、その気持ちは変わらない。変わらないというか、変えられない。変えられないだけにその思いは複雑になって、今はまだ彼のことをどう考えていいのかもわからない。そのうち時間がたって気持ちの整理がつけば、彼のこともいつか忘れることができるのかもしれないけれど。
 キラのことも。

 でも、たとえこの先僕が彼を忘れて、もう二度とYB倉庫の夢を見ることがなくなったとしても、僕はきっとニアのことだけは一生好きにはなれないだろう、と思う。
   








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