L.A.コンフィデンシャル
僕は夜神月のことが好きだった。
とはいえ、別に最初から彼に好意を抱いていた訳じゃない。出会った当初は内心「やな奴だなこいつ」とさえ思っていた。
彼の噂は聞いていた。夜神局長の息子で、現役で東大に合格した超エリート。しかもトップ入学。二流私大卒の僕にとっては、彼の存在そのものがコンプレックスを刺激する針のような存在だった。
実際に彼と会ってみて、その思いはいっそう強まった。高学歴、高身長、その上外見まで完璧なイケメンボーイ。神様は与えるところには二物も三物も与える。全く不公平だ、と僕は神様と親を恨んだ。
そして、当時まだ大学生だった彼が捜査本部にやってきて、「世界のL」竜崎と対等に渡り合うに至っては、「現役の刑事」という僕のなけなしのプライドなんて、あっという間にノミの心臓よりも小さく潰れてしまった。
夜神月と、L。竜崎。
彼らの話す言葉も、彼らの考えることも、僕にはまるで関係のない遠い世界の出来事のように思えた。世界が違う、ってこういうことかと僕は思った。子どもみたいな喧嘩もしたりしてたけど、二人きりで話しているときの彼らには、僕なんかには入っていけない空気が漂っていた。時々彼らの頭の後ろから後光が差してるみたいに見えることすらあった。
彼らは選ばれた人間で、僕はただその後ろをついていくだけの弱い人間だった。
それでも、月くんは僕に優しかった。
いやむしろ、月くんだけが僕に優しかった、と言ってもいい。
当時の僕は捜査本部の最下層に位置していて、いつだって皆からドジでノロマなカメ扱いされていた。普段から口をきかない模木さんは別として、相沢さんも伊出さんも、ことあるごとに僕のことを馬鹿だのボケだのたるんでるだの言って怒鳴りつけた。たぶん、それが彼らにとってはキラ捜査で溜まりに溜まったストレスの発散方法でもあったんだろうけれど。(ちなみに、ああ見えてあのふたりは実は月くんの大学の先輩だったりする。嫌な世界だ。)
そして、そんな僕への不当な扱いが特にひどかったのが、竜崎だった。
「松田さん、お茶を入れてください」「松田さん、お菓子を買ってきてください」「松田さん、電話」
次から次へと竜崎から命じられる仕事は、だいたいこの3種類に分けられた。どれもこれもはっきり言って単なる雑用で、そもそも竜崎は僕が刑事だってことすら知らなかったかもしれない。
つまり、竜崎にとって僕はただの使いっ走りだった。ときどきは敬称さえ付けてもらえず、「まつだ」と呼び捨てにされた。心の中ではときどきではなく、きっといつも呼び捨てにされていたんだと思う。それでも僕は、彼のことだって結構好きだったんだけれど。
こんなふうに僕に冷たかった捜査本部の中で、唯一ストレートに僕を馬鹿にしなかったのが月くんだった。
もちろん彼の言動にだって、ときどき「ん?」と思うことはあったけれど、それでも彼は僕に馬鹿とかふざけるなとか言ったりしなかったし、呼び捨てにしたりもしなかった。
「松田さん、気にしないで。松田さんにだって役に立つところはありますよ」
そんな風にさりげなく僕の失敗をフォローしてくれる彼の優しさに、僕は涙した。たまには奢るよと言ってランチに連れ出した挙げ句、財布を忘れて結局彼に奢ってもらったときなんか、もう一生ついていこうと思った。月くんなら絶対出世すると思ってたし。不純な動機だけど。
僕が月くんについて行こうと思ったのは、もちろんそんなしょうもないことだけが理由じゃない。
僕はキラを追ううちに、警察の人間でありながら、キラのやっていることがそれほど悪いことだとは思えない自分に気付いていた。
キラが法を無視した憎むべき大量殺人犯だということは、頭では理解していた。けれど、警察にも逮捕できない凶悪犯人を次々と裁いていくキラに、心のどこかで拍手を送り、その裁きをカッコイイとさえ思う瞬間もあった。
キラが裁くのは犯罪者や悪い奴ら。罪のない人間、弱い人間は殺さない。もしかしてキラは間違っていないんじゃないか?キラのようなやり方でなくては、悪人をなくすことはできないんじゃないか?実はキラは、正義なんじゃないのか?
日々大きくなるその心の声を、僕は内心恥じていた。キラを応援する気持ちになるのは、裏を返せば自分が弱い人間だという証拠でもあったからだ。
局長のように、警察と法の力で悪を正せると信じている強い人間なら、キラみたいなやり方は絶対に許さないだろう。相沢さんも伊出さんも同様だ。竜崎だって…そうだ、竜崎は、命を賭けてキラを捕まえようとしていたんだ。宇生田さんも。だからもちろん月くんだって、キラなんか絶対に認めないと思っていた。
キラは悪。そんなことはわかっている。わかっているのに、それでも僕はキラを否定しきれない。
僕は弱い。弱くて、ダメな人間なんだ。
そう思っていたのに、「キラが正義か悪か僕にはわからない」と僕が迷いを打ち明けたとき、相沢さんたちのブーイングにも関わらず、月くんは僕をかばってくれた。いや、僕もそう思うと同意さえしてくれたのだ。
月くんは、僕に言った。
「松田さんの気持ち、わかりますよ。僕だってある程度の重犯罪者は死んだ方がいいと思ってる。キラのやっていることだって、完全には否定できない。キラを肯定する人たちの気持ちにも共感する。キラを捕まえたいという警察の立場、キラに救われたいと思う弱い人たちの立場…でも、世間のほとんどの人は弱い立場の人間なんです。松田さんは優しいから、弱い人の気持ちがわかるんです。松田さんは間違ってない」
自分の弱さを認められるのは、ほんとうの強さだと僕は思います。
その言葉を聞いたとき、僕は本当に嬉しかった。
月くんが、僕を認めてくれた。僕のことをわかってくれた。そのことが、本当に嬉しかったのだ。
たとえそれがキラの、彼の偽りだったとしても。
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警察組織のことがよくわからないのですが…みんなキャリア組なんだよね?たぶん…
続きます。次はR13です。
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