坂の下



 実を言うと、最初の頃、総一郎は竜崎のことが好きではなかった。
 捜査協力をするという立場上、決して表には出さないようにしていたが、その奇妙な振る舞いや人の命を軽んじるような捜査方法、容疑者への無分別な監視など、Lのやり方のどれをとっても総一郎の気に入らなかった。
 「17歳なら普通です」
 月の監視中、竜崎にそう言われたとき、総一郎は内心非常に不愉快だった。おまえに息子の何がわかると思った。月のことは、家族である自分が一番よく知っている。月が今までどれほど真面目に、脇目もふらず勉学に勤しんできたか。どれほど悪や不正、堕落を憎んでいるか。彼は何も知らないのだ。キラ事件に懸ける総一郎の決意を聞き、静かに言い切った月の言葉を。
 「父さんにもしものことがあったら、僕がキラを死刑台に送る」
 しかし、月が捜査本部に加わり共に過ごす時間が増える中で、総一郎は意外にも自分が知らなかった息子の姿を目の当たりにすることとなった。
 こんな風に笑う子だったろうかと、総一郎は月の笑顔を見る度に何故か居心地の悪い思いをした。怒ったり笑ったり時には拗ねてみせたりと、竜崎と一緒にキラを追う月は、総一郎が見たこともないような表情をしていた。
 ワタリも言っていた、竜崎との殴り合いもその一つだった。月があれほど激しやすい性質だったということも、総一郎は初めて知った。
 もっと大人びた子だと思っていた。もっと穏やかで、もっと…、
 だが、思い出そうとしても浮かんでくるのは、まだ幼かった頃の月ばかりだ。

 初夏の夕暮れが長い影を落とす中、小さな月の手を引いて、総一郎は駅まで続く長い階段を降りて行った。
 あれは確か、粧裕が生まれたときのことだ。産後の肥立ちが悪くて入院していた幸子の病院は、見晴らしの良い小高い丘の上にあった。
 「うちに帰るの?」
 弾むような高い声で尋ねる月に、いや、と総一郎は首を振ったように思う。確かあの頃、月は幸子の実家に預けられていた。幸子が入院してしまい、毎晩家に帰れるかどうかもわからない総一郎ひとりでは、とても月の面倒は見られなかったからだ。
 階段は高くて、長くて、こんなにも小さい月が躓いて転んでしまわないかと総一郎は少し心配になった。しかし月は総一郎の手を握り、何故か飛び跳ねるように、急な階段の一段一段をよいしょ、よいしょと掛け声をかけながら下って行った。
 その声の稚さ。握った手の小ささ、湿り気を帯びた暖かさ。

 我が身を振り返ってよく考えてみると、総一郎の生活はほとんどすべてが仕事に費やされ、家庭を顧みる余裕はなかった。正義のため、家族のため、懸命に悪と闘ってきた。それが間違っていたとは思わない。だが、と総一郎は考え直さずにはいられない。
 本当に月のことを知らなかったのは、自分の方だったのかもしれない。  






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それは娘が恋人とじゃれてるのを見た父親の気持ちですよお義父さん。
続きます。

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